価格メカニズムとは、価格が上下することによって需要量と供給量とを一致させるという作用のこと。個々の主体は、市場に現われている価格を見て買うか買わないか、売るか売らないかを判断する。売手と買手のどちらの判断が強いかによって価格は動き、それを見てまた、売手と買手の判断が修正されて動く。そうした価格の動きを通じて、需要量と供給量とが一致していく。そのことを価格メカニズムと呼ぶのだから、価格メカニズムをていねいに言えば、「価格の変動を媒介とする需給一致達成のメカニズム」ですね。厳密な計画経済だと、需要と供給を一致させるために、個々人の需要を無視して割当てをしたり、供給側の創意工夫を奪ったりすることになりがちです。それにくらべて価格メカニズムのほうが、買う側、売る側双方の自由を認める点ですぐれています。しかし、それによって需給が一致するのは、「ほしいけれど、高すぎて買えない」とあきらめる人。「もうからないから売ってられない」とあきらめる人がいるからです。だから、価格メカニズムによる需給のバランスとは、怨念と断念のバランスだとも言わなければなりません。言いかえれば、排除を通じての一致です。
経験の反省を踏まえ、社会主義の様々な問題を克服するため、中国は70年代後半から大胆な改革政策に着手しました。78年12月の共産党11期中央委員会第3回全体会議(3中全会)で、那小平氏の指導の下、自由主義的な経済運営や西側の外資導入を積極的に進める「改革・開放路線を打ち出したのです。当時の社会主義国家では画期的で、76年までの過激な左路線から一気に極端な右路線に転換したわけです。まず、農家の余剰農産物を自由に販売できる市場を設け、農家の生産意欲を刺激しました。食糧生産量は77年の2億8000万トンから87年には4億トンヘと増え、80年代半ばまでには食糧自給を基本的に達成しました。同時に1戸当たりの年間収入が1万元(1元=約40円)を超す「万元戸」を輩出しました。かつては収入の格差を罪悪視していた中国ですが、那小平氏は「まず豊かになれる者が豊かになり、続いて皆が豊かになればよい」として、格差を認めたのです。工業面では、従来共産党や国家の干渉で手腕を発揮しようにもできなかった工場・企業のトップに、一定のノルマを与える代わりに企業経営を全面的に請け負わせる、請負責任制を導入しました。
企業から信頼を受けているM&A仲介アドバイザーが付けば申立会社の信用がさらに補完され、売却交渉等がスムーズに進められる。中小・中堅規模の企業の場合、スキームそのものはそれほど複雑ではなく、いったん譲渡先やスポンサーを確保できれば、その後の手続を早く進めることができる。とはいえ、アールディエスのケーススタディからも明らかな通り、再生手続の中でのM&A、特に営業譲渡はスピードが要求される。M&Aに慣れていない企業では、実際、仲介アドバイザーの起用は不可欠であろう。アドバイザーの費用は成功報酬システムが中心となっている。ただ、再生手続は主として中小・中堅企業を対象としているので、タイムチャージ制や最低保証(ギャランティ)付きではなく、純然たる成功報酬システムが一般的に適切と考えられる。その場合、買収金額を基準にして金額が高くなるほど報酬割合が逓減する成功報酬システムとなろう。